NEO現代を探る Advanced Unit11

(解答)

1.(a)④  (b)①  (c)⑤  (d)②  (e)③

2.電子書籍が紙の本に取って代わると考える側と、読書は神聖な行為なのでどんな機

 械も紙の本に取って代わることはないと考える側。

3.読者が本の存在を忘れ、本の中の別の世界に没頭することができること。

4.木を使って紙の本にする価値のあるものは紙の本になり、そうでない本[紙の本に

 する価値のない本]は、電子書籍になるということ。

5.個人の書庫はもはや、読んでいないペーパーブックの収納場所ではなく、本が希少

 で貴重だった時代にそうであったように、個性を表す真の索引となるだろう。

6.②④

【Summary】

(1)②  (2)④  (3)③  (4)①  (5)⑤

 

(全文訳)

 1 ⃣

 伝統的な本の死はデジタル革命の当初から間違って予言されてきた。私たちの多くは電子書籍が紙の書籍類に取って代わるだろうと信じていた。しかしこれはまだ起こっていない。印刷された本は本質的に、過去からずっとそうであったのと同じものである。

 2 ⃣

 紙の本に対する速まった死亡記事を書いた私たちと並んで、読書という行為は非常に神聖なものだからどんな機械もそれを再現することはできない、と主張する伝統主義者たちもいた。実際には、その議論のどちらの側も間違っていた。電子と紙という2種類の本は結局のところ、ライバルではなく、友好的に共存して同じ領域を分かち合う、共生する種だということになるのかもしれない。

 3 ⃣

 初期の電子書籍の問題は、技術的なものと審美的なものだった。私本棚には成型プラスチックの塊があるが、それは読書体験を手のひらサイズの画面上で再現しようと試みた最初のものの1つである。10年経ってもそれは非常に良い状態にあるが、その理由はそれがほとんど読まれなかったからだ。チカチカする画面のせいで目から涙が出るし、まさに佳境に差し掛かろうという瞬間に電離が切れることが多かった。多くの本は当時はデジタル形式で入手できなかったし、本体そのものが非常に見栄えが悪かった。

 4 ⃣

 本を愛する人々は、読書の触覚的な体験ーほのかなかび臭いにおい、手に感じる重さ、お風呂に落とす危険性といったものーは、騒々しい機械再現することは決してできないと主張する。彼らは正しいが、そうした物質的な要因は二次的なものだ。本が機能するのは、それが真価を発揮すると、私たちが本の存在を忘れてしまうからだ。物質的な本は魔法のように消え、読者を別世界へ入らせる。対照的に、電子書籍は、ボタンや固いプラスチックのせいで、意識の中に立ち入ってくる傾向があり、電子書籍に没頭することは難しかった。

 5 ⃣

 新しい電子書籍リーダーは、それらの問題の多くに対処してきた。革で装丁したものもあるし、どれも機械ではなく書籍のように見えるようにデザインされている。Eインク(超薄型ディスプレイ)の発明のおかげで、活字は今や印刷された本と同じくらい鮮明だ。ますます、本はどこからでもダウンロードでき、何百冊もポケットに入れて持ち運べるようになっている。インタネットに常時接続しているので、電子書籍リーダーは新しい本を見つける手段にもなる。電子書籍は教養の新たなブームに火をつけることさえあるかもしれない。というのは、新しい電子書店では本が絶版になることはなく、新しい本を安く、簡単に、瞬時に買うことができるからだ。

 6 ⃣

 木を犠牲にして作る価値のある本もあれば、その価値のない本もある。そして、それが電子書籍の提供する区別なのだ。19世紀の著名な作家、ジョン・ラスキンはかつて、文学は「一時の本と永遠の本という2つの種類に分けられる」と述べた。永遠の本は紙の上に残るが、一時の本ー空港で売っている小説や、参考書や有名人の自伝などーはますますデジタル化されるだろう。個人の書庫はもはや、読んでいないペーパーブックの収納場所ではなく、本が希少で貴重だった時代にそうであったように、個性を表す真の索引となるだろう。