NEO現代を探る Advanced Unit5

(解答)

1.女性が肌を白くすることが白人に対する劣等感を表す行為として非難されるアフリ

 カで、ケニア人の女性人気モデルが肌を白くするのに大金を使っていると公に認めた

 から。

2.アフリカでは、薄い色の肌の女性の方が濃い色の肌の女性よりも確かに注目を浴

 び、評価されるということ。

3.ナイジェリア人の男性たちは、本心では肌の色が薄い女性を美人だと思っているに

 もかかわらず、ナイジェリア人の女性が、特に衆目を集める中で、肌を脱色している

 ことを公然と認めると憤慨するから。

4.私の属している社会は、アイデンティティと美しさに対する社会の認識の問題につ

 いて、認めたくはないほど混乱している。

5.④

6.①②

【Summary】

(1)③  (2)②  (3)①  (4)⑤  (5)④

 

(和訳)

 1⃣

 トレーニング。ライトニング。ブライトニング。ホワイトニング。アフリカで肌(色)の改善を促すマーケティングの宣伝文句は様々かもしれないが、その基本的な効果はほぼ同一である。私は美白化粧品を使わないが、私が住むナイジェリアでは何百万もの女性たちがそれらを使っている。私の地元の店では、濃い肌の色を薄くすることを目的とした多種多様な製品が売られている。

 2⃣

 だから、先日、人気のあるケニア人モデルのベラ・シディカが肌を脱色するのに大金を使っていることを公に認めたとき、彼女はすでに煙の上がっている熱い火に油を注いだのだ。アフリカ人の美の認識についての激しい議論を再燃させるには、たった1つの告白があれば十分だった。

 3⃣

 シディカは、自分は自分の見た目に誇りを持っていると言っており、アフリカ社会はこの解決の難しい問題に対して偽善的だと考えている。しかし彼女の正直さは大陸全土の多くのソーシャルメディアユーザーの怒りをかき立てた。

 4⃣

 誰かが人種問題を持ち込むと必ず、アフリカ人の間では必然的に激情が高まる。肌を白くするという話題については、シディカのような女性たちに自分たちが何となく自分の人種を裏切っているかのように感じさせようとして、「黒は美しい」といったような感情的なスローガンがしばしば用いられる。そして、そうした女性たちは白人に対して劣等感を持っているとして非難されるのだ。

 5⃣

 より濃くであれより薄くであれ、特定の肌の色合いになりたいという人々の願いは、人々がより魅力的になって他人に注目されたいと思うところから生じる。そしてたいてい、ここアフリカで肌の色を薄くする処置を受けた個人について言えば、それはうまくいくのだ。批評家たちは公にはこのことを認めたがらないかもしれないが、アフリカでは薄い色の肌をした若い女性の方が濃い色の肌をした女性よりも確かに注目を浴びて評価される、というのが厳しい現実なのだ。

 6⃣

 ナイジェリア人の男性たちが「ああ、先日このきれいな娘に会ったよ。それに彼女の肌はとても色が薄かったよ」といったことを言うのをしばしば耳にするのは、珍しいことではない。しかしその後、あるナイジェリア人の女性、特に世間の注目を浴びている女性が、自分の肌を脱色していることを公に認めたなら、この男性たちは偽善的にも憤慨するだろう。もしナイジェリアの男性にとって肌の色合いが全く問題でないのなら、肌の色を薄くするクリームや石けんは現在のようにここまで飛ぶように売れたりしてはいないだろう。ナイジェリアのミュージックビデオでも、人は肌の色が薄い女性の方が明らかに好まれていることに気づくことがある。私の属している社会は、アイデンティティと美しさに対する社会の認識の問題について、認めたくないほど混乱しているのではないか、というわずかな疑いが残る。

 7⃣

 身体的な魅力は本能的なものである、ナイジェリアのような肌の色の濃い社会では肌の色の薄い女性が男性の注意をより多く引きつけてしまうのだー主に白人からなる社会で肌の色の濃い人々がそうであるのと同じように。そのような関心は必ずしも何らかのコンプレックスに起因するとは限らず、多くの場合は全くもって異なるものへの単なる好奇心なのだ。肌の色を薄くすることは、ある個人の自分の人種にに対するあからさまな拒絶なのだ、などど機械的に見なされるべきではない。ある女性が、自分の肌の色を薄くすればもっときれいになったりもっと自信がついたりすると感じているなら、社会は彼女を放っておくべきであり、彼女の美の概念に、裁判官や陪審員としてでしゃばるべきではない。今こそアフリカ人は、自らの自尊心とアイデンティティの問題に関して、ヒステリックになったり角に身構えたりするのをやめるべきだ。