NEO現代を探る Advanced Unit4

(解答)

1.現代人は、以前〔50年前〕よりも働く時間が減り、くつろぐ時間が増えているとい

 うこと。

2.②

3.人は自分が裕福だと「認識する」と、時間に追われる感覚が生まれる可能性がある

 ということ。

4.銀行預金の合計金額を答える尺度が、50ドル単位か500ドル単位かということ。

5.過去50年間、北米では週あたりの労働時間はほぼ一定のままで、余暇の時間は増え

 ているのに、時間に追われている感覚が著しく強まったのは、その同時期に収入が大

 幅に増加したからだ、という説明。

6.②⑤

【Summary】

(1)①  (2)③  (3)②  (4)④  (5)⑤

 

(和訳)

 1⃣

 最近、私は自転車に乗り、スケジュールの数分の遅れを取り戻すべく、とても急いでペダルを漕いでいた。スピードを出しすぎているのはわかっていたが、角を曲がるときにゆるい砂を踏んでしまって、私の自転車は私の下から滑り出てしまった。どうして私はそんなに急いでいたのだろう。

 2⃣

 私は答えを知っていると思っていた。生活の速度が速まっているのだ。人々は50年前より多く働き、くつろぐ時間は減ってきているー少なくとも有力なメディアから得る印象はそうだ。しかし、社会心理学者として、私はデータを見たいと思った。結局のところ、現代人が数十年前より多く働き、くつろぐ時間は減っているという証拠はほとんどないのだ。それどころか、優れた研究の中には正反対のことを示唆しているものもある。それならば、なぜ人々はそんなにも時間が足りない気がすると訴えるのだろうか。

 3⃣

 最近、この不可解な現象に対する見事な説明が、トロント大学のサンフォード・デヴォーとスタンフォード大学のジェフリー・フェファーによって示された。彼らは、時間が金銭的価値を持つようになればなるほど、私たちはますます時間が足りなくなるようだ、と主張している。希少性と価値は一対のものと見なされている。つまり

、資源ーダイヤモンドから飲料水までーが乏しかったり珍しかったりすると、その価値は高くなる、ということだ。その逆もまた真である。だから、私たちの時間がより価値があつものになると、私たちはそれが不足しているように感じるのだ。世界中の研究が、収入の高い人々ほど時間に追われている気がすると訴える、ということを示している。

 4⃣

 しかしながら、デフォーとフェファーは、単に自分を裕福だと「認識する」だけでも、時間に追われている感覚を生み出すには十分である可能性がある、と提唱した。過去の分析の範囲を超えて、彼らは対照実験を用いてこの因果関係の説明を試みた。1つの実験で、デフォーとフェファーは128名の大学生に、彼らの銀行預金の総額を報告するよう依頼した。すべての学生は11段階評価でその質問に回答したのだが、半数の学生に対しては、その尺度は50ドル単位に刻まれ、0ドル~50ドルから500ドル以上までの範囲だったのに対し、残りの学生に対しては、その尺度ははるかに大きな単位で、0ドル~500ドルから40万ドル以上までの範囲だった。50ドル単位の尺度を使った学生のほとんどは一番上に近い数を選び、その結果彼らは自分は比較的裕福だという感覚をもった。そして、質問用紙におけるこの一見小さな変更は、彼らに自分が慌ただしく、時間に追われ、ストレスが溜まっていると感じさせた。裕福だという感覚を持っただけで、学生たちは正真正銘裕福な人々が訴えるのと同様の時間に追われているという感覚を経験したのだ。

 5⃣

 デフォーとフェファーの研究は重要な文化的傾向を説明するのに役立つ可能性がある。過去50年間にわたって北米では、時間に追われている感覚は著しく増加した。週の労働時間がほぼ同程度のままで、週の余暇時間は増加したにもかかわらずである。この一見矛盾に思えるものは、同時期に収入が大幅に増えたという事実によって少なからず説明できるだろう。個人のレベルでは、この説明は、生涯にわたって収入が増えるにつれて時間はますます希少になるように思えるということを示唆している。ということは、私がキャリアを積めば積むほど、無理にでも私はもう少しゆっくり角を曲がるようにしなければならないのかもしれない。